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那覇地方裁判所 平成元年(行ウ)6号 判決

沖縄県沖縄市中央三丁目一三番七号

原告

山岸正幸

右訴訟代理人弁護士

新垣勉

沖縄県沖縄市字美里一二三五番地

被告

沖縄税務署長 長嶺進得

右指定代理人

小尾仁

西潟英策

齋藤博志

寳金敏明

米倉俊一

友利勝彦

宮城朝章

神里安則

中村和博

須藤義明

有賀文宣

松田昌

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、昭和六二年二月一七日付けでした、原告の昭和五八年分及び昭和五九年分の所得税の各更正のうち、総所得金額が、昭和五八年分については二二五万四九四五円を、昭和五九年分については一五九万一四〇〇円をそれぞれ超える部分及び昭和六〇年分の所得税更正並びに昭和六二年二月一七日付けでした前記各年分に対する各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事実の概要

一  争いのない事実等

1  原告の申告所得額

原告の昭和五八年分、昭和五九年分及び昭和六〇年分(各年分は、その年の一月一日から一二月末日までの一年間分をいう。以下これらを併せて「本件各係争年分」ということがある。)の各申告所得額は、別表1ないし3の「原告の計算」欄記載のとおりである。

2  更正決定額

被告は、本件各係争年分の原告の所得につき、別表1ないし3の「被告の計算」欄記載のとおりの所得が存在したと認定して、各更正処分(昭和五八年分所得税額四七万七四〇〇円、昭和五九年分所得税額九一万七五〇〇円、昭和六〇年分所得税額九六万一六〇〇円。以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(昭和五八年分二万三五〇〇円、昭和五九年分六万六〇〇〇円、昭和六〇年分七万一〇〇〇円)をした。

3  裁決における認定額

原告は、昭和六二年三月二五日、被告の本件各更正分及び過少申告加算税賦課決定に対し、異議を申し立てたところ、被告は、同年六月二四日付けで、異議申立てを棄却する旨の決定をし、同月二五日、同決定書謄本を原告に送達した。

そこで、原告は、同年七月二〇日、審査請求をしたが、国税不服審判所は、平成元年六月二六日付けで、審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

なお、右裁決における原告の本件各係争年分の所得の認定額は、別表1ないし3の「裁決の計算」欄記載のとおりである。

二  争点

1  推計の必要性

2  推計の合理性

(一) 被告の採用した推計方法の合理性

(二) 右推計方法における基数を算出するため被告が抽出した同業者の類似性

なお、原告の本件各係争年分の総所得金額のうちの不動産所得金額及び分離短期譲渡所得金額は、別表5記載のとおりであるが、これについては当事者間に争いがない。

第三争点に対する判断

一  推計の必要性について

1  乙第一号証の一ないし三、証人平良邦利(一回)及び同屋良朝雄の各証言、原告本人尋問の結果(一、二回)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告は、沖縄県沖縄市中央三丁目一三番七号において喫茶店(以下「本件店舗」という。)を経営するいわゆる白色申告者であるところ、本件各係争年分の所得税について、別表4の「確定申告」欄記載のとおりの確定申告をしたが、これに対し、被告は、本件各係争年分の申告所得金額の計算内容が不明確であったこと、右所得金額は、原告と同程度の規模の同業者と比較して過少である疑いがあったことから、所部係官に対し、調査を命じた。

そこで、被告の所部係官である大蔵事務官屋良朝雄(以下「屋良事務官」という。)及び同平良邦利(以下「平良事務官」という。)は、本件各係争年分の所得税調査を行うため、昭和六一年九月五日、本件店舗を訪れ、平良事務官が、原告に対し、所得税の確認調査を行いたい旨告げると、原告は、当日は忙しいということで、別の日を指定したので、平良事務官らは、そのまま辞去した。

同人らは、同月一八日、原告方を訪れ、原告に対し、確定申告の内容の確認調査を行いたい旨告げると、原告は、立ち合わせた沖縄民主商工会(以下「民商」という。)の関係者らとともに、調査の理由は何か、原告の確定申告のうちどこが間違っているのかなどと、具体的な調査理由の開示を執拗に要求し、帳簿書類等についても、調査理由を明らかにすれば見せる旨述べ、また、平良事務官らが、守秘義務等を理由として、原告が立ち合わせていた右民商の関係者らの退席を求めても、原告は、右要求にも応じようとしなかったため、その日も調査を断念した。

次に、平良事務官らは、同年一〇月一三日、原告方を訪れ、原告に対し、所得税調査のために来た旨告げ、調査の協力を求めたが、原告らは、前回同様、同席した民商の人達とともに、どの点が間違っているか詳しく指摘するよう要求するのみで、協力することはなく、野次を浴びせ、民商の人達を退席させることもなかったことから、平良事務官らは、調査を断念した。

そこで、平良事務官は、同年一一月四日に原告方を訪れ、調査の協力を求めたが、原告は、調査に協力しない旨発言したため、平良事務官は、原告の協力を得て帳簿書類等の調査を行うことは困難であると判断し、今後は、税務署独自の調査を行わざるを得ない旨を告げて、原告宅を辞去した。

2  右認定事実によれば、原告から調査に対する十分な協力が得られなかったため、被告は、原告の本件各係争年分の所得金額を実額によって把握することができなかったことが認められ、右所得金額を推計によって行う必要性が存したといわなければならない。

3  ところで、原告は、推計の必要性について、以下のとおり主張する。

(一) 被告は、前記原告方での税務調査の際、原告が調査理由の開示を求めたことを一つの理由として、右調査を打ち切っているところ、納税義務者が調査官に対して調査理由の説明を求めるのは当然であり、何ら不当なものではない。即ち、申告納税制度の下では、自主申告により税額は確定するものであるから、申告納税者が具体的な調査理由の開示を求めるのは当然である。現に、昭和四九年の第七二国会において裁決された「中小業者に対する税制改正策に関する請願(第一四〇三号)」における「税務行政の改善について」では、「税務調査に当たり、事前に納税者に通知するとともに、調査の理由を開示すること」が採択されている。

(二) 本件の税務調査において、原告は、その保管する帳簿等を調査職員の面前に用意し、調査に応じる旨を申し出たにもかかわらず、民商の関係者が調査に立ち会ったことから、被告は、同人らの退席を要求し、退席しなければ調査を行えないとして、自ら調査を打ち切ったものであるところ、税務調査を受ける者が、第三者に依頼して税務調査に立ち会わせることは、不当違法な税務調査を防止するという点で、極めて重要な納税者の権利であり、立会人の存在が直ちに税務調査の妨げとなるものではない。

また、被告の調査官は、所得税法上の守秘義務を理由に、立会人の存在を許さず、辞去したものであるところ、調査を受ける者が自らの意思で立会人を依頼しているのであるから、原告が調査官の質問に対して自己の業務または取引内容を説明し、それを立会人が側で聞いていたとしても、調査官には何ら税法上の守秘義務違反は生じない。

(三) 推計の方法は、原告が自主申告した所得につき、合理的な疑いを抱く正当な理由がある場合にのみ許される方法である。

即ち、自主申告納税と更正処分との関係については、納税者が納付すべき税額は、法的には自主申告により確定し、〈1〉その申告がない場合、または〈2〉その申告にかかる納税の計算が国税に関する法律の規定に従っていない場合、〈3〉その他当該税額が納税署長または税関長の調査したところと異なる場合に限り税務署長等の更正処分により確定するものである。

本件では、〈3〉に該当するとして、更正処分が行われているところ、この「当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合」とは、自主申告納税の原則から、税務署の調査により自主申告納税額が誤ったものであることが明らかになったときの意味であると解するのが相当である。そうでなければ、税務署の調査が不十分な場合や、明確な証拠・資料に基づかない場合にまで更正処分が許されることになり、自主申告納税の原則が形骸化してしまうからである。

ところで、被告の主張は、結局、本件各係争年分の所得金額を実額で把握することができなかったとするものであり、右のような更正処分をする要件を具備していないことは明らかであるところ、推計課税とは、国税通則法二四条の定める「更正」の要件が存するときに初めて用いる課税基準であるから、本件で推計課税を行うことは許されない。

4  しかしながら、原告の右各主張はいずれも採用できない。理由は以下のとおりである。

(一) 3(一)の主張について

所得税法一二〇条一項は、所得税における納税すべき税額の確定手続について、国税通則法一六条一項一号の申告納税方式を採っており、これは、納付すべき税額が納税者の申告により確定することを前提としつつ、その申告がない場合、またはその申告に係る税額の計算が法律の規定に従っていない等、当該税額が税務署長または税関長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長等の処分により税額を確定させる方式である。このことからも明らかなとおり、納税者に対して、適正な納税額の申告義務を課するとともに、税務署長等が、租税の公平確実な賦課徴収を図るため、常に納税者の申告内容の適正さを調査する権限を有することを前提としている。

そして、税務署長等の右調査権限を実効あらしめるため、所得税法二三四条一項において、国税庁、国税局または税務署の職員は、「所得税に関する調査について必要があるとき」には、納税義務者等に質問し、またはその者の事業に関する帳簿書類等を検査することができるものとされており(質問検査権)、この質問検査権の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきである。

以上のように、税務調査は、過少申告の疑いがある場合のみならず、そのような疑いが当初から明らかでなくても、申告の真実性、正確性を確認する必要性が存する場合にも行うことができるものと解され、また、調査の必要性(理由)と、その理由を納税者等に開示すべきか否かとは、別個の問題であり、納税者等は質問検査権の行使に対して一般的に受忍義務を負っており、調査理由の開示を税務職員に課した法律の規定も存しないから、調査理由の開示は必ずしも質問検査の要件ではないと解される。

原告の見解は、納税義務者の取引先等の反面調査を十分に行い、その確定申告に存する疑わしき点を高度の蓋然性をもって明らかにしなければ納税義務者自身に対する聞き取り調査ができないとする独自の見解であり、採用できない。

なお、そもそも税務調査は、過少申告の疑いがある場合のみならず、そのような疑いが当初から明らかでなくても、申告の真実性、正確性を確認する必要があればできるものと解され、したがって、個別・具体的な調査理由の告知は要求されていない。そして、本件においても、平良事務官らは、所得金額の内容の確認調査である旨説明していることから、その限度で調査理由の開示はされているものといい得る。

(二) 3(二)の主張について

質問検査の際、立会人を立ち会わせるか否かについては、実定法上特段の定めがなく、前記のような質問検査権の性質からすると、立会人を立ち合わせるか否か等の質問検査の実施の細目については、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解されるところ、質問検査は取引先たる第三者の秘密事項にも及ぶおそれがあること、税理士の資格を持たない第三者の立会いは、その具体的態様如何によっては、税理士法違反となる余地があること等から、本件においても、係官が原告に対し関係のない第三者を退席させるよう要請することは、質問検査権行使の合理的裁量の範囲内の判断であり、社会通念上相当な限度を逸脱した行為とすることはできない。

また、納税者が自ら知悉している自己の経済的取引について、質問検査を受けることによって、調査官の一方的な指示に無条件に従わされる危険があるとは考えにくく、原告の主張するような弊害の発生する可能性は乏しいものと解される。

(三) 3(三)の主張について

原告の右主張は独自の見解であり、採用することはできない。

帳簿書類の不備や、所得調査に対する納税者の非協力等によって、課税標準である所得金額を直接資料に基づいて認定することが不可能であったり、著しく困難な場合には、実額が明らかでないことを理由として課税を行わないことは、租税負担の公平の見地から到底許されないことであり、調査によって適切な資料を取得し、これを基礎として課税標準たる所得を推計し、課税することが当然必要となるのであり、本件において推計の必要性が認められることは、前記事実に照らして明らかである。

二  推計の合理性について

1  被告の主張する推計方法による本件各係争年分の事業所得金額の算出過程及びその額は、以下のとりである。

(一) 売上原価

原告の本件各係争年分の売上原価の額は、別表6〈2〉の「売上原価の額」欄記載のとおりである。その明細は、別表7のとおりであり、昭和五九年分及び昭和六〇年分については、甲第八、第九号証の経費帳のうちの売上原価の記載に基づくものであり、昭和五八年分については、原告の所得税確定申告書添付の収支明細書に記載された仕入金額に基づくものである。

なお、昭和五八年分の売上原価については、当事者間に争いがない。

(二) 売上金額

原告の本件各係争年分の売上金額は、別表6〈1〉の「売上金額」欄記載のとおりであり、いずれも同表〈2〉記載の各売上原価の額を、別表8記載の同業者の売上原価率(売上原価額の売上金額に対する割合)の平均値(以下「売上原価率」という。)で除して算定した額である。

(三) 一般経費

原告の本件各係争年分の一般経費の額は、別表6〈5〉の「一般経費の額」欄記載のとおりであり、いずれも同表〈1〉記載の各売上金額に、別表8記載の同業者の一般経費率(一般経費額の売上金額に対する割合)の平均値(以下「一般経費率」という。)を乗じて算定した額である。

(四) 算出所得金額

原告の本件各係争年分の算出所得金額は、別表6〈6〉の「算出所得金額」欄記載のとおりであり、いずれも同表〈1〉記載の各売上金額から、同表〈2〉記載の売上原価及び同表〈5〉記載の一般経費の額を控除して算定したものである。

(五) 特別経費

原告の本件各係争年分の特別経費の額は、別表6〈8〉の「特別経費の額」欄記載のとおりであり、いずれも同表〈1〉記載の売上金額に、別表〈8〉記載の同業者の特別経費率(特別経費額の売上金額に対する割合)の平均値(以下「特別経費率」という。)を乗じて算定した金額である。

(六) 被告が本件訴訟において主張する原告の事業所得の金額は、別表6〈9〉の「事業所得の金額」欄記載のとおり、

(昭和五八年分)五〇二万七一七四円

(昭和五九年分)五五〇万四〇四九円

(昭和六〇年分)六五五万二一一七円

であり、いずれも同表〈6〉記載の算出所得金額から、同表〈8〉記載の特別経費の額を控除した金額である。

右各事業所得の金額から算出される所得税の額は、本件各更正処分における原告の事業所得の金額である

(昭和五八年分)四二四万六四四四円

(昭和五九年分)五〇四万一七八六円

(昭和六〇年分)四〇七万〇六八四円

から算出される所得税の額を超えることは明らかであるから、被告主張の右推計方法に合理性があれば、本件各更正処分において、税額を過大に認定した違法はないことになり、また、同様に、本件各係争年分における各過少申告加算税賦課決定も適法であるといわなければならない。

そこで、被告主張の右推計方法に合理性があるか否かを検討する。

2  同業者の抽出の過程及びその類似性について

(一) 甲第八、第九号証、乙第九号証の二及び証人平良邦利の証言(二回)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

沖縄国税事務所長は、原告が確定申告書を提出している被告沖縄税務署長及びこれに隣接する北那覇税務署長に対し、青色申告書により所得税の確定申告書を提出している者で、かつ、本件各係争年分を通じて次の〈1〉ないし〈7〉の全ての条件に該当する者を抽出するよう指示する旨の通達を発したところ、右各税務署長が右抽出基準に従って抽出した同業者の数は、別表8のとおり、本件各係争年分ともA、B、Cの三名であった。

〈1〉 喫茶業を営んでいる者であること。

〈2〉 他の業種目を兼業していないこと。

〈3〉 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

〈4〉 事業所が沖縄税務署、北那覇税務署または那覇税務署管内にあること。

〈5〉 青色申告書を提出している者であること。

〈6〉 売上原価の額が三〇〇万円以上、一五〇〇万円未満であること。

なお、右売上原価の範囲は、原告の売上原価の額が別表6〈2〉記載のとおりであることから、その上限を、昭和五八年分から昭和六〇年分までの三年間の平均売上原価の額七三一万九〇八七円の約二倍とし、下限を、右平均売上原価の額の約二分の一としたものである。

〈7〉 対象年分の所得税について、不服申立てまたは訴訟が係属中でない者であること。

また、抽出においては、右の基準によったほか、立地条件の点でリストから二件除外し、二四時間営業の店は除外し、アルコール類については、ウィスキー類を販売しているところは除外して、ビールを置いているところは除外の対象とせず、さらに、従業員が三名から一〇名までの店を基準にして、それ以外の従業員がいるところは除外し、ゲーム機の有無、店舗内の席数をも参酌した上で、機械的に抽出した。なお、沖縄税務署管内には、青色申告の同業者は見当たらなかった。

前記の各基準は、原告の事業内容に基づき設定したものであり、原告と業種、業態、事業場所及び事業規模において類似性を有し、しかも青色申告者であるから、申告内容の正確性についても担保されており、前記基準に基づいて機械的に抽出されたものであるから、選定の過程に被告の恣意が介在する余地はない。

以上の事実に照らせば、被告が選定した同業者の抽出基準は、業種の同一性、事業場所・業態・事業規模の近似性等、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであり、また、同業者の抽出方法も同様に合理的であったことが認められる

したがって、被告が、右基準により選定された同業者の平均値である同業者率を用いて原告の本件各係争年分の事業所得を推計したことには、合理性があるというべきである。

(二) ところで、原告は、右同業者の抽出過程について、以下のとおり主張する。

(1) 被告は、売上原価を基礎にして類似同業者の売上原価率を用いる場合に、最も重要な要素となる売上商品の単価内容及び構成について、全く調査を行っていない。

(2) 被告が調査を行ったのは昭和六一年であるが、被告は、原告の店の立地条件がパークアベニュー通りが完成する昭和六〇年の前と後とでは大きく変化していることを看過している。

右パークアベニュー通りは、昭和六〇年一月に改修工事が着工され、同年四月始めに完了したが、右工事前はセンター通りと呼ばれ、米兵相手の古い店舗が並んださびれた人通りの少ない通りであったし、その上、原告の店舗は、昭和五七年四月に開店したばかりで、営業期間が短く、十分に顧客を獲得していない時期であった。

(3) 被告が選択した同業者の中には、県内で一番の繁華街にあるものがあり、立地条件等の点において、原告と類似性がない。

(三) しかし、原告の右各主張は、以下の理由から明らかなとおり、採用することができない。

同業者の抽出過程において、原告との間の類似性の追求には自ずから限界があるところ、同業者率による推計の方法が平均値による推計である場合には、基本的には、同業者間に通常存する程度の営業条件、立地条件等の差異は、右平均値の中に捨象し得るものと考えられるから、それらの差異は、平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、斟酌することを要しないものと解される。

そして、仮に、原告主張のパークアベニュー通りの改修工事期間中に、売上金額の減少があったとしても、前記の理由から捨象されるべきものと考えられるし、かえって、甲第一ないし第三号証、第八、第九号証、証人仲宗根和夫及び同我喜屋盛幸の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、改修工事期間中に売上金額の減少があったことは認められない。

繁華街の同業者を選択した点についても同様に考えられるのであり、現に、弁論の全趣旨によれば、右同業者を除いて推計を行っても、結論が異ならないことがうかがわれることからも、このことが首肯される。

3  推計方法としての売上原価法の合理性について

(一) 原告は、喫茶店を営業する者であるが、喫茶及び軽食を業とする場合、売上金額は、コーヒー豆その他原材料の使用数量と密接な関係を有すると考えられるところ、売上原価法は、類似同業者間においては、売上原価と売上金額との間には、緊密な比例関係が認められることを前提としており、抽出した同業者に十分な類似性があれば、合理性があるものといえる。

(二) もっとも、これに対し、原告は、次のとおり、一般経費率を用いた方が合理性がある旨主張する。

売上原価を基礎にして売上金額を合理的に推計し得るのは、売上単価に占める売上原価の割合が、原告と類似業者との間で一致する場合だけである。したがって、原告のように開店後あまり期間を経ておらず、かつ、立地条件の良くない店舗においては、顧客を得るため売上単価を他の業者より押さえて設定する。このような業者に対して推計課税を行う場合、条件のよい競争力のある業者の売上原価率を用いて売上金額を推計する方法は、合理性がない。

被告は、類似同業者におけるコーヒー等の飲物類と食事類の仕入額の割合及び売上金額に占める割合を明らかにしていないところ、右を度外視して類似同業者と推定するのは科学的根拠がない。

それに比し、事業者の売上と一般経費は、店舗の規模・設備内容が同じである限り、同じように支出される経費であるから、同一の経費に対しては同一の収入があるとみることは比較的合理性があり、また、一般経費については、納税者が所得申告に当たり、経費として控除することができるため、比較的領収書等が保管され、一般経費の内容につき、その信憑性の確認が容易に行い得るものであるから、収入に関する書類が存しないときは、一般経費を基礎に売上を推計することは、合理性を有する。

(三) しかし、原告の右主張は、以下の理由から採用できない。

まず、原告は、販売価格を押さえて設定していたと主張するが、これを裏付ける客観的な資料は存しないだけでなく、かえって、原告本人尋問調書(第一回)添付の値段表と質問事項の八項によれば、昭和五八年の原告の開店当時におけるコーヒー一杯の販売価格は三〇〇円ないし三五〇円であったのに対し、沖縄の統計(沖縄県統計企画開発部統計課発行、昭和五八年一〇八号二八ページ、乙第一一号証)によれば、昭和五七年九月当時の同県内におけるコーヒー一杯の平均販売価格は二六七円であるから、原告の主張は採用できない。

また、甲第一ないし第三号証、第五号証、第八、第九号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告が主張する一般経費の内容をみると、光熱水料のうち、ガス代及び水道料については、いずれも年間を通じて大きな較差は認められず、電気料金については、エアコンを多く使用する夏期(七月から一一月)に高くなっていること、これらの一般経費は、いずれも原告が主張する商品の売上個数と必ずしも連動はしていないこと(例えば、昭和六〇年二月の商品売上個数は、三〇〇〇個であり、同年七月の個数は三九二八個であるところ、同年二月の水道料金は二万〇三九〇円であり、同年七月の水道料金は一万七一〇五円である。)から、これらは店舗を維持するためのいわば固定費的な要素が強く、売上原価法による場合と比較して、売上金額との比例関係は相対的に希薄であるということができること、また、広告宣伝費は、広告を出した月に高くなっていること、組合費については、ほぼ毎月一定の金額が支出されていること、同様に、新聞雑誌購入費、自動車関連費、保険料及び修繕費についても、その内容・性質からみて、売上金額との比例関係が、売上原価法による場合のそれより密接であるとはいえないことが認められる。

4  なお、原告は、本件推計方法の合理性を争う趣旨で、売上帳、経費帳等により算出される実額を主張するので、右各帳簿の信用性について検討する。

(一) 売上帳の信用性について

(1) 原告提出の売上帳は、商品の販売個数が記載されてはいるが、肝心の売上金額の記載を欠く甚だ不自然、不明瞭なものであり、原告の供述によっても、売上帳の記載がいつの時点で、何に基づいて作成されたかも明らかでない。

また、原告による売上金の集計自体も二とおりに記載されているなど、その売上額は商品売上個数に商品単価をかけて一義的に割り出せるというものではない(現に、この点に関する原告の主張自体変化しており、一貫性がない。)。

(2) 一部商品や、煙草、ピンク電話の売上等については、売上帳に記載がない(甲第一号証ないし第三号証、第五号証、第七号証の一一及び一二、原告本人尋問の結果(一、二回)。

(3) 商品単価についても、本件各係争年分のそれについて明らかにすることのできる客観的資料はなく、また、単価の定まっていなかった商品も存在するとのことであり、商品単価の改定時期に関する原告の供述もあいまいである(原告本人尋問の結果(一、二回))。

(4) 売上帳及び日計表の作成について、原告は、一方で顧客別に作成した売上伝票で一日ごとの売上を集計し、それを日計表に記載して、その日計表を基にして売上帳に記載する旨供述しながら、他方で顧客別に作成した売上伝票を基に直接売上帳を作成していた等、供述内容が変遷している。また、売上伝票に基づいて売上帳と日計表を作成したとすると、両者から算出される売上金額は一致するはずであるのに、別表9のとおり、差額を生じている月も少なくない(甲第一号証、第五号証、原告本人尋問の結果(一、二回)。

(5) また、原告は、現金出納帳を備え付けていない(弁論の全趣旨)。

ところで、所得税法は、青色申告者に対し、貸借対照表、損益計算書、総勘定元帳等の帳簿の備付けと、右帳簿に一切の取引を正規の簿記の原則に従って、整然かつ明瞭に記載することを要求する反面、青色申告者を推計課税の対象から除外している。このことに鑑みれば、推計課税に対して、納税者が、真実の所得金額として実額を主張する場合には、原則として、正規の簿記の原則に従って作成された法定の会計帳簿ないしはそれに準じる帳簿類による立証が必要であり、これらが存在しない場合には、原始記録の全てが取引に接着して作られ、かつ、完全に保存されているとともに、右原始記録の保存等が法定の会計帳簿と同程度に信用できる状態にあることが証明されなければならないと解すべきである。

右のような観点から、前記認定事実を総合考慮すると、原告提出の売上帳の信用性を肯定することはできない。

(二) 経費帳のうち、一般経費に係る部分について

原告は、昭和五八年分については、一般経費額を裏付ける証拠を何ら提出していない。

また、原告の一般経費額の主張自体、訴状とその後の準備書面における主張との間に差異があり、経費帳自体から明確に算出できないことがうかがわれる。また、経費帳と領収証との対応関係も判然としないものがあり、到底原告が主張する一般経費額を実額と認定することができない。

六 よって、原告の本件各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木村元昭 裁判官 生島恭子 裁判官高瀬順久は、転任のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 木村元昭)

別表1 昭和58年度

別表2 昭和59年度

別表3 昭和60年度

別表4

本件課税の経過

別表5

原告の総所得金額及び分離短期譲渡所得金額

別表6

原告の事業所得の金額

別表7

仕入金額の明細

別表8

同業者の売上原価率、一般経費率及び特別経費率表

別表9

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